高知にて(闘犬)

 先日、高知県へ行きました。幹事が未熟だったので、食事はさっぱりでしたが、土佐犬の闘犬をみていたく感動しました。闘犬と聞けば、どうしても「残酷」という感は否めないと思います。事実、私もみるまではそうでした。 私が見たのは足の弱そうなヨレヨレの犬と、比較的体格の良い土佐犬との試合でした。綱を放すなり、予想通りヨレヨレ犬はあっという間に、喉付近を噛みつかれたまま、組み伏せられました。

闘犬は「吠えない」ことで勝敗を決めるといいます。どんなに痛くても、「きゃん」といわない犬が勝つのです。もちろん、判定勝ちはありませんから、お互い我慢すれば、引き分けです。どんなひいき目で見ても、ヨレヨレ犬が「負けた」というのは、時間の問題でした。土佐犬に引きずり回されています。白く痩せ細った腹をむき出して、悶えるように土佐犬の攻撃から逃げようとしています。あまりの壮絶さに、思わず目を覆おうとした時、土俵の上からじっと我が犬を見つめている飼い主の姿が見えました。

負けそうなヨレヨレをじっと見ています。視線をはずすことなく、厳しい目でひたすら勝負を見守っています。おそらくは観客の中で誰よりも、ヨレヨレを助けてやりたいと思っているのではないだろうか、いくら商売(かもしれない)とはいえ、犬に対する何がしかの愛情はあるはずだ、と。そう思った途端、一観光客である私が流動的な感傷的な気分だけで目をそらしてはいけないと思いました。ヨレヨレは相変わらず、文字どおりヨレヨレの体です。下手をすると死んでしまいそうです。でも、一言も鳴かない。苦しい鼻息を会場いっぱいに響き渡らせるだけです。その我慢強さ。飼い主がすぐ上でじっと見ているからでしょうか。

いくら人間よりも痛点が少ないとはいえ、私がかつて飼っていた犬の痛みに対するアピールを思い出せば、それは既に驚異的な状態です。「ああ」。見ている私が先に声を出してしまいました。何分経過したか。ある一瞬の隙を見つけて、ヨレヨレの牙がやっと土佐犬の顔の肉をとらえました。最初はぶらさがるように。しかしあろうことか、そのとっかかりをきっかけに立ち上がったのです。土佐犬を組み敷いた!と見た瞬間形成は逆転していました。私思わず「やった!」と拳を握って叫んでいました。興奮。感動。にじみ出てしまった、涙。

あるかないかの隙を待って待ってひたすら待って、ヨレヨレはチャンスを見つけた、つかんだ。そうなることを最後まであきらめずに信用して待ち続けた飼い主。土俵を降りていく、一人と一匹は相変わらずヨレヨレしていたけれど、今や私の目には大いなる勝負魂をムラムラと体全体から立ち上らせいるのが理解できた。凄い。予定調和が存在するとは思えない犬同士の戦いに、その厳しさと根性に、私は頭が下がりました。多分、また観に行くことになると思います。長々とつまらん戯言を書いてしまいました。


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