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蔦屋雑文堂にも時々、 今を去ること約650年前、南北朝時代の後醍醐天皇側(要するに南朝ね)が、都を追われこの地まで逃れたというところから、座敷童子の話ははじまるざんす。現在の宿のご主人は、正しくこの南朝一派の末裔であり、今も正月に「今年は京へ攻め上りますかな?」「いや、まだ時期ではござらぬ」といった恒例の一族の挨拶があるというほどなんですな。こういう歴史のロマンを、ご本人から直に聞くだけで、来た甲斐あったというもんだが、ここの曲り家といわれる母屋(このスタイルは東北ではおなじみの建築様式です。説明すると長くなるので省く。遠野なんかにもこのお家で民話を聞くなんてことがある)の奥座敷に、南朝公家に生を受けながらも、6歳の若さで夭折したおぼっちゃんが、今もお出ましになる(あえて断定する)。霊感の強い人はもちろん、何か縁のある方は、このおぼっちゃん(幼名は亀麿さまという)に出会うらしい。いやはや。今の母屋は江戸時代元禄に改装されたものだが、それにしても300年はゆうに越えておるから、その時間の重みを感じさせることおびただしい雰囲気。そこの奥座敷で出会うんだから、シンプルにいえば怖い。おぼっちゃんたって、要は霊ですからな。ま、彼の場合は幸福の霊なので、出会うと男子は出世、女子は玉の輿に乗ると伝えられている。半分は怖いけど、半分は出会いたいのが人の性。己の幸福のためなら、恐怖もなんのその、なのじゃ。 さて、ここに宿泊するわけである。亀麿様は、この奥座敷「槐の間」だけにお出ましになるので、当然我らもこの部屋に。床の間には今まで福を授けてもらった人々のお礼の玩具が並んでおるが、これが人形だのなんだので、まぁ、一種の雰囲気を嫌でも盛り上げてくれる。座って、ぎちぎちに緊張していると、宿のおばちゃんが「主人の話を今夜は聞かれますか」とおっしゃるので、頷く。なんてったって、霊がいるんだってば、って初めからわかっておる部屋は怖い。トイレに行くと、風圧でドアがぎーっと自然に開いて、もうそれだけで「あぁ、明日までに確実に膀胱炎か尿毒症になるわっっ」と怯える始末。柳も幽霊に見えるってヤツです。こわいこわい。てな具合で夜を迎えるのだが、さてや顛末はいかに。長くなるので、これは次回に。
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