あの衝撃。体感。音。すべて一瞬にうちに感じたことだけれど、おそらく一生忘れないだろう。とはいえ、五体満足で十分に復活した私は、もうそれ以上のことはしゃべろうとも思わないし、それは自身の大きな体験としてしまっておけばいいと思っている。
大変長らくお久しぶりです。実に実に久々の蔦屋雑文堂でございます。実は忘れもしない8月13日に、我がMACちゃんが「未知との遭遇」の遭遇音みたいな悲鳴を上げて、アルツハイマー状態になってしまいました。「わたし日本語忘れたよ」「わたし通信する方法忘れたよ」と。言葉でなくて態度で示しやがるんだす。あぁ、あれは大量仕事の納品前夜。怒りのあまり、天誅を下すべくぶち壊してやろうかとも思いましたが、ぶるぶる震えながらもお怒りを鎮静してから約4か月。修理に赴く時間も修理に来てもらう時間もないままにずるずる放置して、このたびやっと復活しました。今年もよろしくです。

で、神戸の者にとってはやっぱり忘れられない1・17。もうこの時期とばかりに、各メディアがいいまくっているので、今更言うこともないけれど。それに普段の生活では、私のようにとりあえず元に戻った者は、正直な話、随分昔の話に感じていることもある。ちなみに私は、あの5階部分だか4階部分だかがダルマ落としになった市役所のすぐ近くで被災したのです。義援金もいただきました。あらためて全国のみなさまありがとう。とても貴重なお金でした。でも私はまだ幸せだったです。家財道具は全滅したけれど、身は助かった。それに、もうこれは絶対に幸いだったのだけれど、三宮中心のオフィス街は、ビルの壊れ方こそ派手だったけれど、夜は無人だから火災に会わなかったんです。それに人が埋まるとかの現場に居合わせることがなかった。いろんな状況が展開した中では、間違いなく私は恵まれていたと思う。
そんな私だけれど、不思議だねぇ。1・16の夕暮れに街中を歩いていると、泣けてきちゃったんですよ。「そうか。3年前の今夜なんだ。」って。いろんな記憶が蘇ってきた。前日の夜からぜんぶ鮮明に覚えている。晩御飯は粕汁でした。昼飯は飲茶でした。肩凝りマッサージもした。で、人にもらったガスストーブがあったかくて、「あぁなんて幸せな、冬の夜なんだろう」なんつって、読書してたんだ。で、来た。突然来やがった。吸い込まれて吐き出された。それから3年たった。この日がくると、新年を迎えるみたいに気持ちが引き締まります。
ちなみに煙草飲みなので、直後、何をしたかというと、ヘリコプター型の貯金箱からこぼれた小銭を持って、開いてるコンビニへ走って、水と煙草とライターを買いました。あの一服のうまかったこと。周辺は「ガス臭い!」とか言ってから、もちろんガス臭くない場所で吸いました。念のため。生きた心地というのんは、こういう瞬間だと思いました。でも今思うと、パニックと普段の呑気な状態が同居している、変な時間が流れていたなぁと思う。コンビニが開いてるのも変な話。でも開いてたんだよ実際に。直後は。棚が崩れているのに、店員さん整理しながら売ってるんだよ。普段通りに。「どうしていいのかわからん!」と思いながら、「今日は仕事にならんが、明日はできる」なんて一方で思ってる様子。これみんな。現実が把握できてないのだね、誰もが。で、私はといえば、やっぱり明日の仕事を考えながら、両親のこと思いながら(この時はもう死んでると思ってた)お辞儀してるビル見ながら、煙草吸いながら、怖くて泣いた。本当に普通なら考えられない事やってる。時間が少し経ってから「現実に大変じゃぁ!」の怒濤に包まれるのでした。
最後にご忠告。サボテンを通り道に飾るのはやめましょう。ああいう時に、思わぬ凶器となってくれます。踏むと刺さるのよ。刺が。痛いのよ。これが。
ひとつ気になっているのだが、阪神大震災以降、関東大震災ってあんまり話題にのぼりませんね。これもわすれちゃならんと思うんだが。