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まいどです。私、ちょっとばかし匂いフェチなんです。やっ別に足とかそういう匂いではなくて。実はロンドンの地下鉄の匂いと東京の冬の夜の匂いがフェチなのさ。ロンドンの地下鉄というのは、実は、2回のロンドンステイ(たいしたことない、えらそうに)で何度となく嗅いだのですが、ベリー系の甘酸っぱいような単に甘ったるいような、安物のお菓子のような(それもキャンディー系)匂いに満ちておるのです。ロンドン旅行はまたいずれの日にかお話することとして、このアンダーグラウンドの(ロンドンでは地下鉄とはこのように称する)香りがたまらなく好きで、それに近しい香水を見つけると矢も楯もたまらなくなって購入してしまうのです。
とりあえず近いなというのは、ISSEYのヤツとアルマーニのアクアディジオというヤツだが、これにちょいとベリー系を足したりすると、私はもっと官能的なモノを感じるんだがなぁ。もっと近かったのはBODYSHOPのアナナスとかいうヤツだが、う〜むむむむ、と私が官能に浸っておると、横で仕事の相棒が「わっ、安モンの女の化粧の匂いだ」といって、私は悉くうちひしがれてしまった。なるほどなぁ。確かに、いろんな香水やら化粧品やらの匂いが換気の悪い地下鉄構内で澱のようにたまると、あんな匂いになるやもしれぬ。 しかし、他人にとってはそうでも、私には愛するロンドンの象徴、であるアンダーグラウンドにフィードバックさせる大切なキーワードなのだ。旅の思い出とは、何も視覚だけではないどすえ。匂いを記憶することは、旅の思い出がもっと新鮮になります。たとえば、私のロンドン臭に敏感に反応する記憶のように、似たような匂いを嗅ぐだけで、何年も前の旅がとても新鮮な記憶としてぶぁ〜っと蘇ってくる。 そして、匂いで気持ちが揺さぶられると、不思議なもので何をどうしても徹底的に無理な帳尻合わせて、またぞろ彼の地へすっ飛んで行ってしまうのだ。そういう体験ないですか。鮭だって生まれ故郷に帰る時は、匂いを頼りに帰ってゆくのです。人間にだってたまにはそういう匂いで行動するのもいいじゃないですか。ただし、匂いを記憶に刷り込む旅は、ある程度同じ場所に長い時間いることが必要な気がします。あるいは何度か同じ場所へ行くというように。視覚ほど直観的じゃないんだな、匂いは。 というわけで、同じように私は東京の冬の夜の匂いが好きだ。神戸の冬の夜の匂いとはまったく違うのよ。文字に表現するのはとても難しいのだが、何だか夜という時間をワクワクさせるような要素がある。わっと夜空が都会に降ってくるような、というと詩的すぎてよくわからないだろうが、とにかく夜がお楽しみだもんねーという匂いが体を取り巻く。神戸の場合は夏の夜ですね。そういう匂いを発するのは。ただし、私的な意見ですが、これは都会への旅に限られるような気がする。 匂いは香りじゃないからね。自然への旅は匂いじゃなくて、生命体の力のようなものががーっと体を覆う。私は八重山諸島にも縁あって長くいたが(1年くらいだが…)、あそこでは匂いもなんもかんも生命体の体温みたいなものに圧倒されてきた。生命体というのは人間というより、樹木であったり太陽であったり海であったりするわけだが。赤土さえも強烈に自己主張していたものな。あそこは。いやいや凄い所です。一度、匂いを気にして旅してみてください。いい香りじゃなくて、人間くさい匂いもいいもんです。いかがかな? |
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