2008年 6月号
93−2:観光産業は、やはり幸福産業
1.親に上手く育てられ小さいながらも自分は宿屋の跡取りになるものだと擦り込まれていた。その為?有る意味で競争心が無く勉強もしなかった。いざ大学に進学する時に選択肢が少なかった。結果的に当時の社会の風潮で食品経済学の道を選んだ。昭和四七年の事だ。当時、公害による環境破壊が問題視され第一次オイルショックを迎えた時代でエネルギー問題に始まり、食料危機が叫ばれていた。原油高によるインフレで物の値段は月単位で上昇していた。現在に非常によく似た社会情勢であったように感じている。エネルギーや食料生産、人口爆発などの予測が出され、それによれば人類は破滅の方向に進んでいると結論づけられていた。小松左京の近未来SF小説「大滅亡:ダイオフ」は、それらの予測を小説化した物でこの本で決定的に感化されて選んだ道だった。世界的な工業の振興による弊害で世界規模の海で赤潮が発生し魚が捕れなくなる。さらにエネルギーの枯渇で世界の国々はそれぞれ孤立状態となった。食料とエネルギーを遮断された日本は悲惨な状況に陥り結果的に人口の間引きを行うという正に滅亡的内容だったように記憶している。
大学では、農地の単位面積で何を栽培すればより多くの人を飢えから救えるとか酪農に転用すればどうなるとか、そこで利用するトラクターの馬力数はいくら必要とかをそれなりに面白がって勉強した。卒業する頃には当時心配された食料危機もエネルギー危機も回避され私も結果的に宿屋の若旦那になり今日まで無事に宿屋家業を続けている分けだが近年再びエコ活動から始めた廃食用油の燃料活動から各地で行われる講演などに引っ張り出され話題づくりに学生時代の事やその小説の事を思い出している。時代は繰り返すとはよく言った物だ。ガソリン税の暫定税率にかすんであまりよく見えないが石油などエネルギーの争奪は、現実に起きている。それに伴う価格の上昇は、今後も続くだろう。今の温暖化問題は、形を変えたオイルショックと思えてならない。
2. GW直前にこの原稿を書いているが、テレビのニュースが気になってしょうがない。暫定税率復活直前でガソリンスタンドに長い列、ガス電気料金の値上げに小麦粉等、食料品全般の値上がりが加速するという話題をアナウンサーが伝えている。こんなニュースを見せ続けられたらお客さんのGW気分も興ざめだろう。われわれ観光地としてもGW後に危機感を感じる。景気の低迷に加えて物価の上昇となれば消費者は不安感から生活防衛に動く。となれば一番に切り捨てられるのはレジャー費の削減だろう。人々が満ち足りさらに明るい未来が見えている時は観光地も繁盛する。しかしその逆の時は低迷してしまう。観光地間や旅館でパイの取り合いとか細かい事は有るにしろ、これは真実だと思う。
私の町、湯原温泉の歴史をたどってみても時代の波を乗り越えてきた事が良く判る。江戸以前の時代はたたら場の湯治場として、江戸時代から明治の始めは、歓楽的な温泉地、明治中期から戦前までは湯治場、戦後は、団体主体の歓楽的な湯街、昭和の終わり頃は老人旅行主体、五年ぐらい前は、家族カップルの湯街となり、現在は、日帰り家族旅行・・と言うような案配だ。
さて二〇〇八年五月のオイルショック後は、どのような温泉地になるだろうか。今後、ガソリンの値段が安くなる事は考えにくい。環境問題もありヨーロッパ並みの1リットル二五〇円〜三〇〇円なんて事もありえる。遠距離の自家用車旅行は、仲間を誘って燃料代割り勘の小グループ旅行がブームになるかも。格安バスツアーの時代かも等とも考えられる。食の地産地消も今まで以上に求められるだろう。いずれにしても観光地や宿は、今まで以上に工夫が必要になる。個人旅行に慣れた(我が儘に慣れた)お客様が再びグループ化するのだから昔の団体旅行とは違う。グループで来るけれど食事の内容も異なれば団体行動もとらないお客様だったりするのかも。逆に団体旅行にお客様が慣れてくると言う事も考えられる。そうなれば昔の団体旅行の復活なのだろうか。時代は繰り返すと言う言葉もあるし・・。GWが明ければ考える時間はたっぷり出来そうだ。いろいろな宿泊プランを作って手軽なネットで販売し当たりを見てみようと思う。
あれこれ考えながら原稿を書いていたら途中で寝てしまっていた。朝一番のテレビのニュースも暫定税率復活と食料品値上げ等の不安を煽る話題が中心だった。ここ暫く景気の面でも明るい兆しが見えない。今感じているこの感覚は、昭和四七年の第一次オイルショックの時に感じていたモノによく似ている。四七年との違いは、あらゆる物価が上る強烈なインフレでも消費は減少しない状態だった。青春時代と初老を迎えつつ身体との違いからくるのかも知れないが今の時代感覚は、社会全体にブレーキが掛かっている様に感じるのだ。地球温暖化防止などへの環境問題、地球規模での人口爆発と資源の分配などを考えればこの傾向を受け入れなければならない状況はやもおえないのだと思える。有る意味、この状況に順応してさらにその中にあっても幸福感を見いだせる精神構造だったり社会構造に移行する過渡期に有るのだと感じている。右肩上がりが普通の時代は終わったにしても幸福感が有ればあれば我々の生き残る道は有る。
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